シェア経済

2014年06月08日

シェア <共有>からビジネスを生みだす新戦略 (NHK出版)という本が一昔前に話題になった。

ネット社会の今後を予測した、「フリー」「シェア」「パブリック」の3部作の1冊だ。

恥ずかしながら、 「話題になった」ことは知っていても、
つい昨日まで実際に読んだことはなかった。

なんとなく「ビジネスって胡散臭い」と毛嫌いしてる体質だからかもしれない。


偶然、『シェア』の編集をされてた方の講演を聞く機会があって、
その中で「Sharing Economy」という話が出てきた。


例えば、アメリカの半数以上の家庭は、電気ドリルを持っているらしい。

でも、電気ドリルを使う機会なんて数年に一度。
ほとんどの場合、一度使ったら物置でホコリを被ったまま。

「だったら、みんなで共有すればいいじゃない!」というのが、
『シェア』で語られる、「Sharing Economy」の考え方だ。

「モノ」を減らせるから環境にもいいし、みんなが得をする。


例えば、空き部屋が1部屋あったとして。

そこに(ちょっとした)宿泊料を取って、旅行客を泊まらせたら、
空き部屋を有効活用できるし、双方ともにwin-winだ。



1つのモノを、みんなで共有して使えばいい。

使わないモノ同士を、みんなで交換すればいい。

モノだけじゃなく、知識や時間も共有すればいい。


「シェア」する方が、お財布にも環境にも優しい。
そのうえ、人とのつながりまで産まれる。

コレが「Sharing Economy」の考え方だ。




実は、この話を聞いてボクは既視感を覚えた。

というのも、ボクの大好きな小説の1つが、
『シェア』の世界をそのまま物語にしたようなお話なのだ。
(ちなみに、単行本版は2008年発売。『シェア』よりも早い。)


この小説に出てくる登場人物は、誰もが『シェア』に生きている。

もちろん、『詩羽のいる街』は、小説版『シェア』 で終わる物語じゃない。
他にもいろんな側面を持っているんだけど、それはまた別のお話し。 



「詩羽のいる街」こと、賀来野市では何が起こっているのか?


カーシェアリングや、パソコンの知識の教え合いは当然。

『シェア』に出てくるレンタル農地を実践している人もいて
その農地で作ったネギが、わらしべ長者のごとく交換されていく。

漫画家志望の学生が(30食タダって条件で)レストランの看板を描いたり。

果てには、小学生がトレーディングカードで三角交換を成立させたり。


街中の人が互いに助けあって生きている、善意が流れる街なのだ。 



この街の『シェア』 は、「詩羽」という1人の女性が人と人を繋ぐことで始まった。


「人に親切にすること」が仕事だという詩羽は、

「だって、その方が論理的じゃん」という理由で『シェア』を街中に広げる。


「そんな理想論、実現するはずが無い」と思うかもしれない。

でも、今やSNSによって人と人とが繋がるようになった。


もちろん、詩羽が担保する信頼を、ネットがどう担保するのかって課題は残る。
SNSの「見えざる手」じゃ、詩羽のように鮮やかに人々を繋げられないかもしれない。

だけど、それでも既にいくつかのシェアは実現している。


時代が詩羽に追い付いてきたんだ。



「だから愛とか正義なんて関係ないです。そんなお題目で人間は動かせません。
 協力しあう方は得だって気づかせればいいんです」 



きっとコレが、これから始まるSharing Economyの基本原理になるんだ。

ボクらは、詩羽から学ぶべきことが山ほどある。 



詩羽は現代に実在する。ただしネットの中。

詩羽という女性に惚れ込んでしまったボクには悲しい事実だが、
それはそれで、SF作家である山本弘っぽい。