2014年04月13日

小説『言の葉の庭』を読んだ。

『秒速5センチメートル』などでお馴染みの、新海誠さんの作品。

2013年の梅雨どきに、映画『言の葉の庭』が公開されたが、
ほぼ1年経った今月、新海誠さん本人の手による小説版が発売に。

小説 言の葉の庭 (ダ・ヴィンチブックス)
新海 誠
KADOKAWA/メディアファクトリー
2014-04-11






小説版では、孝雄と雪野以外のキャラクターにもスポットが当たる。
そして、それぞれのキャラクターの過去や行動が深く掘り下げられている。

孝雄の中学校時代の恋人や、雪野の学生時代の話。
孝雄の高校の担任の先生や、雪野を虐めた女子生徒の話。

どれも、映像版では書かれなかったエピソードだ。

映像版では、孝雄のお兄さんの彼女なんてモブキャラもモブキャラだ。印象に残ってない。
雪野を虐めてた相澤にしたって、「小松未可子の無駄遣い」くらいにしか思わなかった。
孝雄のお母さんの職業が大学職員とか知らなかった。水商売だと思ってた。

登場人物の1人1人が、映像では思いを馳せることのなかった葛藤を抱えている。

小説版では、時間と空間がすごくすごく広がって、世界が「生きている」感じがする。




とはいえ、小説版では物語の解像度がガクンと落ちている。

同じカメラを使って、同じ1枚の葉の写真を撮ろうとしても、
1枚の葉に近づいて撮ったのと、遠くから撮って1枚だけ拡大するのとでは、
どうしても画質の粗さが変わってくる。

小説版は遠くから描いていて、世界がいっぱいに写っている。
でも、描かれた2人はちょっとだけぼやけて見えちゃう。

映像版はずっと近づいて描いていて、世界には2人しかいないかのよう。
でも、その世界はずっと鮮やかに描かれている。


その最たる例が「雨」だと思う。

小説版の世界に降る雨は、ただの背景でしかない。
どんなに言葉を尽くしたところで、雨の日の庭園の空気を伝えるには全然足りない。

映像版の雨は、新海誠さんに「3人目のキャラクター」って呼ばれるほどに大切な存在なのに。


たぶん、小説版と映像版は、世界を描く視点が全然違うんだ。

小説版は、言の葉の生い茂る庭を描いた作品。
映像版は、言の葉の庭にある2枚の葉だけを描いた作品。

上手く言えないけれど、そういう印象を受けた。





けれども、小説版と映像版の違いは「世界を描く視点」だけじゃない。
というより、「孝雄」「雪野」という人物そのものが全くの別人だと思っている。 

その最たる例が、この物語の結末だ。
両者は180度異なっている(と、ボクは思っている)。 


映像版のラストは、2人が出会った年の冬で終わる。

故郷で教師になった雪野から手紙が届く孝雄。
完成した靴を持って庭園を訪れ、「もっと成長したら会いに行く」的な決意表明をして終わる。
(それでもって、完成した靴を庭園に置いていくような描写も。ココは映像を見直したけど分からず。)


小説版の孝雄が靴を完成させるのは、2人が出会った5年後だ。

雪野は映像版と変わらず、故郷で教師に。
孝雄はその後、靴職人を目指してイタリア留学をする。
そのあいだ、2人は手紙やメールで2ヶ月に1度のやりとりが続いていたらしい。

20歳になった年に孝雄は日本に帰国し、雪野と再会を果たす場面で物語は終わる。


実は、映画館で『言の葉の庭』を見た時、2人は決して幸せにならないと思った。

ボクは『秒速5センチメートル』が大好きだが、
それは、貴樹が抱え続けてきた葛藤を昇華させることなく描いたからだ。
あるいは、貴樹と明里の幼い決意が風化していく様を無情にも描いたからだ。 

孝雄と雪野の行き着く未来は、間違いなく『秒速』の貴樹と明里だと感じていた。
(これは、ボク自身の実体験による影響が多分に含まれているけれど)


だから、小説版の2人が再会したのは意外で仕方ない。蛇足にさえ思える。


2つの異なる世界は、2人が思いをぶつけあうまでおんなじ道を歩んでいた。
孝雄が雪野と出会った年の冬に1足の靴を作るまで、物語の世界はまだ1つだった。

けれども、この後の孝雄は運命の分かれ道に立っていたらしい。

映像版の孝雄は、その靴を持って庭園に行く(そして、庭園に置いていく)。
小説版の孝雄は、靴の出来を母親に見せ、忌憚のない感想をもらう。

映像版では、この靴が「雪野に作った靴」として劇場に展示されるくらいだ。
でも、実は小説版で雪野のために作った靴は別物(さらに修行を重ねたあとのもの)。


ここに、共存できない2人の孝雄がみえてくる。

映像版の孝雄は、作った靴を庭園に置いていくし、
きっと手紙の返事も出せなかったんじゃないかと思っている。
それこそ『秒速』の貴樹くんみたいに、恋愛感情を変にこじらせちゃいそう。

小説版の孝雄は、靴を作り続ける。連絡も定期的に取っている。 
夏休みに理由をつけて庭園に行かなかった自分を、いい意味で捨てた孝雄だ。
雪野の前でも、カッコ悪い自分、成長中の自分を見せることを嫌がらない孝雄かも。

そして、お察しの通り、ボク自身は映像版の孝雄に近いタイプの人間である。
だから小説版の(ちょっと大人な)孝雄に感情移入できず、ラストを蛇足に思ったのかも。



長々と書いたが、そろそろ収拾がつかなくなってきたので終わろう。
結局のところ、「遠恋中の彼女には定期的に連絡を取ろう」ってのがオチみたいだ。



【2016.09.26 追記】
映画・小説版『君の名は。』の感想記事も書いたので貼ってみる。
『君の名は。』感想 ―世界の深みと、もう一人の脚本担当―

『君の名は。』は、これまでの新海作品と違って(?)サブキャラクターにも力が注がれてる。

けれどもも、「彼」と「彼女」以外の2人で完結しない世界を表現するようになったのは、
この記事で紹介した、小説版の『言の葉の庭』からじゃないかと思ってる。

『君の名は。』では、周囲の世界がより深みを増して鮮やかになった。

小説版『言の葉の庭』での挑戦が、『君の名は。』にも繋がっているんだろう。

それをどう捉えるかはさておきとして。

この記事へのコメント

1. Posted by あやちゃ   2015年05月07日 15:14
5 素敵なストーリーと映像でした。感想とっても参考になりました。
2. Posted by ふたばあおい   2015年05月07日 22:31
あやちゃさん、コメントありがとうございますっ!
拙い感想ですが、お読みいただき嬉しい限りです。
3. Posted by 奇跡がもしも起こるなら   2016年07月09日 17:05
私は2人は幸せになってもいいと思います(*^_^*)
だってアニメだもの(≧∇≦)
秒速の2人がそれぞれの道を歩いていった分こっちはくっついて欲しい>_<
4. Posted by ふたばあおい   2016年07月14日 21:22
コメントありがとうございますっ!
映画公開から3年経ちましたが、まだまだ愛され続けてる作品とキャラクターで、新海さんの凄さを改めてコメントで気付かされた次第です。
『君の名は。』が8月公開なので、こちらも待ち遠しいです…!

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